-ジュエリー業界へのささやかな提言-


鑑別書や鑑定書は何のためにあるのか 2002/5/14
サンデー毎日2002年5月19日号で再びダイヤのカットグレーディング問題が取り上げられ、私のコメントも実名で掲載されています。AGTジェムラボラトリーのカット表示がGIA基準を使いながらもAGL表記も併用していて、両者の基準には微妙な差があるため、AGL基準では「エクセレント」に該当しないものまで「エクセレント」と表示されてしまう石があるのはおかしいというのがサンデー毎日の記事です。記事の中でI's Stoneの岩田康広専務は「カットの基準として、AGL 基準とGIA基準は、どちらが優れているかという問題ではない。AGL加盟団体で1社だけGIA基準をとるというのは微妙な矛盾だと思うし、AGL加盟の大手が足並みをそろえてまとまって、の方が良い。本来はAGTもAGL基準で表示してほしい」とコメントしています。その次に私が「AGL のカットの総合評価は、AGLに加盟しているならば、本来、これに従うべきだ。GIA基準とAGL基準のずれは、全体の個数からは多くはないが、この部分は確かに二重基準になっている。GIA 基準を尊重したいのなら、AGL に非加盟の『GIA JAPAN』の名で別に作って、AGL に加盟しているAGLジェムはAGL基準で鑑定書を出せばいい。」とコメントしました。
どうもAGLというのは私たちが考えているような厳格なルールを会員各社に求めている団体ではないようです。たまたま最近ブルー・ムーンストンの鑑別書を発行してもらえないかと問い合わせたところ、AGL 会員大手ではムーンストンとしか表示できないとの返事でしたが、事務局長にお訊きすると、各社の判断でブルー・ムーンストンという表示もできるというご返事でした。個人的には普通のムーンストンとブルー・ムーンストンでは価格が大きく違うので、むしろ消費者保護の観点からも分けるべきだと思うのですが、ともかく各社の対応に任されているということです。
一体、鑑別書や鑑定書は何のためにあるのでしょうか?本物か偽物か、天然か人工かという区分は鑑別の第一義的な意味でしょうが、消費者保護という観点からすれば、対象となる宝石がどの位の価値を持っているものかを知る目安となるものでなければなりません。いま問題となっているパパラチャ・サファイアも、オレンジ・サファイアとかピンク・サファイアよりもずっと高いので、色の範囲が問題になるわけですし、パパラチャ色にするための処理が行なわれるのです。例に挙げたブルー・ムーンストンも普通のムーンストンよりもずっと高いので、本来ならば分けるべきではないかと思いますが、原則的にはそうはなっていません。このように、宝石の種類によって色の変種を表示するものと表示しないものとがあります。私は個人的には色による価格差が大きいものならば色表示をすべきだと考えています。
ダイヤに話を戻しますと、グレードがひとつ違うだけで価格は10%は違います。同じグレード表示でありながら鑑定する会社によって基準がバラバラだったら消費者はどれが正しいのか、いくらするのか分からなくなります。そこでJJAとAGLではダイヤのカラー表示に関してはマスターストンを作ってカラー表示を統一したはずです。ところがカットについては同じエクセレントであってもAGTと他社とでは範囲に微妙な差があることを認めるという決定をAGL理事会でしています。消費者保護を会則でうたっているAGLがこんなことでいいのでしょうか。カラーの誤鑑定で認定取り消しの処分をされる条件は3つ以上間違った場合でした。最近はもう少し増やしたと言うことですが、何十個も違っていれば取り消し処分でしょう。ところがAGTのカットの違いは非常に少ないといっても何十個もあります。事前に理事会で承認されているからいいのだというのは内輪だけで通用する論理です。こうした決議をしたAGLの感覚を疑っているのは私だけでしょうか。AGL はもう一度設立の原点に返って基準のあり方を見直してほしいと思います。


スーパーマーケットの凋落とジュエリー業界 2002/5/14
スーパーマーケットからの依頼でマーケティング会社のグループ・インタビューを受けました。その場で出た意見をまとめてみると、現在のスーパーマーケットは消費者の求めているものとは随分違っているという感じがしました。
低価格を優先する余り中国製の製品が多くなって品質が低下し、安かろう悪かろうの状態に陥っている。
お刺身などは鮮度が悪すぎるので絶対買わない。食料品ばかりではなく、日用品についても店員に知識がなくお客の質問に答えられない。トイレが汚くてとても接客業とは思えない。
現在の消費者はスーパーや専門店を厳しく比較していて、安くて良い店で買う。このままではスーパーは早晩駄目になってしまうだろう。生き残るためにはそれぞれのスーパーが特長を生かして、お客の質問に答えられる専門店並みの知識を身につけることで、決して価格が安いことだけを望んでいるのではないといった厳しい意見が相次ぎました。
これらの意見は私たちジュエリー業界にも当てはまるのではないでしょうか。品質にふさわしい価格であれば消費者は分かってくれるのです。安かろう悪かろうでは消費者は離れていってしまうのです。目先の売上だけ考えて安い商品ばかり売っていれば、一時はもてはやされたユニクロのような運命になってしまいます。お客の質問に答えられるような専門的知識は絶対必要です。JJAが行なっているジュエリーコーディネーター3級は最低必要条件でしょう。
特に中小店では他店との差別化も必要です。特長のない店作りでは大型店に負けてしまうのは明らかです。自分の感性を磨き、それを信じることではないでしょうか。ともあれ、こんなことを考えることの出来た有意義な1日でした。


情報は素早く、結論は厳しく 2002/4/3
心配していた事態が起きました。NEWSでもお知らせしたように、サンデー毎日4月14日号でパパラチャ問題が「表示疑惑」として取り上げられてしまいました。
日本ジュエリー協会(JJA)や宝石鑑別団体協議会(AGL)としては3月23日から25日までミュンヘンで開かれるCIBJO(シブジョ・国際宝飾業者連盟)でこの問題が討議されるので、その結論を受けて日本での取扱い方法を決定する予定で、4月5日には会員向けの説明会が行なわれ会員の意見を聞くことにしていました。
しかしながらアメリカではGIAやAGTAなどが処理石として取り扱う旨の声明を出しているのですから、取りあえずの措置として日本でも緊急声明(アラート)を出して、正式に結論が出るまで鑑別は保留しておくべきだったのではないでしょうか。
私自身、2月のJJA理事会でこの問題を質問した時に、もう少し突っ込んで発言しておけば良かったと後悔しています。その時はJIS指輪サイズ問題で普及時期尚早論を唱えていたため、さらにこの問題で騒ぐと、いつでも何でも反対論者みたいに思われてもいけないかと腰を引いたのが間違いでした。
インターネットの時代、情報は世界を駆け巡っています。かつては業界内部でしか語られなかった情報も、今は誰でも手に入れることが出来ます。日本だけで隠しておこうと思っても、世界から情報は発信されます。今回の情報もAGTAやGIAのホームページにアクセスすればすぐに見つけだせます。
私自身がホームページ上でこの問題を取り上げたのは、この問題について日本で結論が出るまでの間、取りあえず消費者は買わないでおいて貰いたいという気持ちからでした。狂牛病のおそれがある牛肉だと言われれば消費者は買いません。検査の結果、この肉に狂牛病の心配は無くなったと言われれば消費者は安心して買うことが出来ます。狂牛病のおそれがあるのを知りながら売って、騒がれて返品されては、その店の信用はがた落ちになります。まして宝石は腐るものではありませんから、その位の期間待たせたからといって問題ないでしょう。
また、CIBJOの結論がどうであれ、GIA などが処理石だとしている以上、日本では最も厳しい基準に合わせておくことが望まれます。アメリカでTreatment(処理)としているにもかかわらず、日本でEnhancement(品質改良)としたならば、きっと批判され、日本のジュエリー業界はやはり信用できないと烙印を押されてしまうでしょう。


JIS 指輪サイズ問題からJJAを考える 2002/3/6
NEWSでもお知らせしたようにJIS指輪サイズ問題は業界内の標準測定具として普及・浸透を図っていくこととし、消費者へのアピールを当面見合わせるという形で決着しました。近くJJAニュースに解説が掲載されます。JJA理事としてこの問題を理事会で取り上げた私には、決着までに紆余曲折した議論からJJAの持つ問題点が見えてきました。
理事会は部会や委員会が審議したことを鵜呑みにして賛成する機関にしか過ぎないことが明らかになりました。短時間で多くの事項を審議するのでやむを得ないことではあります。それだけに部会、委員会の審議には十分な時間をかけることが必要です。今回は技術面では十分審議したにもかかわらず、業界に及ぼす影響については何も調査、審議しないまま普及手続きを進めてしまったことが失敗の原因でした。
特に、指輪サイズはジュエリー業界だけでなく、アクセサリー業界も関連し、むしろそちらの規模の方が大きいにも関わらずアクセサリー業界には何の連絡、調整もしていません。ジュエリー業界内部でも結婚指輪メーカーの影響についても調査していません。審議に際して利害関係者の意見を聞くという基本的スタンスが忘れられていました。
前提条件が違っていれば結論が違うのですから、審議をやり直さなければならないことは当然です。それにも拘わらず、一旦理事会で決定したことだから反対があっても進めていかなければ理事会の権威にも関わるというような意見が強かったことも驚きでした。理事会は裁判所ではないのですから、一事不再理ということはないはずです。
JJA が決定したのだから下部機関はそれに従うのは当然だという発言をした人たちもいます。自分は何様だと思っているのかと嗤われていることに気付かないのでしょうか。自分たちが偉くなったとでも思っているのでしょうか。
理事は執行部の一員だという誤った認識を持っている人もいました。常任理事以上は執行部かも知れませんが、理事は国で言えば議員です。議員は執行部をチェックするために存在しているはずです。
こうした様々な理由から簡単に解決するはずの問題が複雑化し、解決が遅れてしまいました。関係者は問題解決のために多くの時間を犠牲にしました。しかし今回の場合、最後には常識的な線に落ち着いて一安心です。今後この教訓を生かしていかなければならないと考えています。


加熱パパラチャは処理石として扱うべきだ 2002/2/4
NEWSでお知らせしましたが、マダガスカルやタンザニア産のパパラチャ・サファイアには表面拡散処理がしてあるということで、このタイプのサファイアにはAGTA(American Gem Tradng Associationアメリカ宝石取引協会)が表面拡散処理コランダムという鑑別結果を表記することになりました。つまりは処理石として扱うということです。
ところが全国宝石学協会(全宝協)では表面拡散処理というのは従来からの定義によれば何らかの物質を添加してそれを高温で加熱することにより宝石の表面だけに色の拡散が起きることを言うのだから、今回のタイプはこれに該当しないということで、これからもエンハンスメント(enhancement・品質改良)として取り扱うという緊急レポートを出しました。
そう言われると全宝協の言い分も一理あるかなと思ってしまうのですが、まずエンハンスメントの定義そのものが正しいのかを考えてみる必要があります。
エンハンスメントとして扱うかトリートメント(treatment・処理)として扱うかについては宝石鑑別団体協議会(AGL)で基準ができています。しかしながらエメラルドのように従来から広く行なわれてきた技術だからといってエンハンスメントになったり、真珠のように基準が決まっていないものもあります。
私見ですが、エンハンスメントとはその宝石の持っている潜在的能力を引き出すために人工的に行なう処理と考えるべきだと思います。加熱処理の場合、マグマの中に宝石があった間に起きる熱による宝石の色の変化を人工的に再現した場合はエンハンスメントと呼び、そうでない場合はトリートメントとして扱うべきだと考えています。。
何らかの物質が表面だけに添加されて高温加熱されることは自然現象としてはあり得ないことだから、その場合はトリートメントとして扱うという部分については従来の定義は正しいのです。しかしエンハンスメントとなる加熱処理はあくまで原石の段階で行なわれなければなりません。研磨してから処理するということは自然界で起きるはずがないからです。
今回は、宝石を研磨した後に加熱処理を行なっているのですから、自然の人工的な再現ではないわけです。このタイプのサファイアの断面を撮影した右上の写真をよく見ていただけるとお分かりになるでしょうが、中心のピンクを取り囲むオレンジ色がほぼ均一の厚さです。これは自然現象として起きるはずがありません。したがって、このタイプの石を処理石としたAGTAの決定は正当だと思いますし、他の鑑別会社がこのタイプの鑑別を受け付けないとした処置は当然でしょう。
それに対して、全宝協は前述の理由でこれからもこれはエンハンスメントだという鑑別書を発行すると宣言しました。そこでそういう鑑別書を出してもらえるなら今の内に出しておこうということなのか、大量の「パパラチャ」サファイアが全宝協に持ち込まれています。鑑別に出した業者達の思惑は、色石鑑別、なかんずくパパラチャの鑑別で定評のある全宝協がこのタイプのサファイアをエンハンスメント・パパラチャとして認めてくれるならどんどん鑑別書を発行して貰っておいて売ろう。万一、トリートメントだと訂正するようなことがあれば、全宝協に損害賠償を要求すればいいということではないでしょうか。全宝協としては昨年9月以来毎日のようにこのタイプのサファイアに対して、パパラチャとしての鑑別書を発行してきてしまったので従来との整合性を考えているのかも知れません。
しかし宝石の処理技術は日進月歩です。旧来の定義にしたがっているから正しいのだという姿勢ではなく、新技術が出たらその都度AGLで対応を協議することが必要ではないでしょうか。
このタイプのサファイアに対してある鑑別会社では鑑別しない、別の鑑別会社ではパパラチャと鑑別するということがあって良いはずがありません。ここは消費者保護という鑑別会社存立の原点に立ち返り、AGL全体として一刻も早く判断を変更して貰いたいものです。








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